疾走する【φ】は正に忽然と消え去り、背後に現われる。

そして脚部との恐ろしく美しい連動を果たした上半身は鞭のように撓り、光の如き速力を携えて”眼前”に迫る。

しかしそれをφが”背後にあるもの”として回避運動をとる。

剛拳はワシ――――【フランク・セルベンティルス・マーキーズ】の頭の横を抜けて静止しては再び運動を再開する。

今度は左側頭部を狙ったハイキック。俊敏の範疇を超えた肉体のキレと磨かれた銀の如し美しさを持ってして放たれた蹴りは、しかし、ワシに届くことは無い。。

音が後を追う蹴りは紙一枚ほどの間隔で過ぎ去る。

「どうなってるんですかね・・・これっ!!」

なるほど本命はコチラだったか。

刈り取るという表現がそのまま一致する上段の後の下段回し蹴り。まともに受ければ脚だけのダメージではすまない。

だが、これも目論見が分かっていれば避けるという動作には苦労しない。

正確には、止め処なく繰り出される芸術的な技の数々もワシの前には無力に等しい。

何故なら芸術兵器【千望】はあらゆる”目”を通してワシに情報を伝えるからだ。

千望は人体では到底感じられないほど微弱な電磁波を発することによって脳から視覚へと伝わる電気信号をワシの脳へリンクさせることが可能。

即ち、この場合、φが見る風景をそのままワシが見ることが出来るということになる。

これは完璧な【セーレイズ瞬間次元律動無視】の対策であるし、どんな生物であろうが必ず攻撃しようとする箇所を見る。それは次の一手を知らせるメッセージであり、それは絶対的な回避を意味する。

そして絶対的な回避とは・・・。

「絶対的なカウンターを意味する」

この戦い、初めての打撃。

それはセーレイズによる瞬間移動後の手刀による「突き」に対する、ワシの一般装備である”杖”による「突き」。

しかし一方は軌道が反れ、もう一方は肩口に深く埋没する。

「心臓を狙ったのじゃが・・・・」

φの肩に突き刺さった真の刃に等しき杖の先を引き抜き、お互い間合いを取る。

傷口を押さえて首を傾げるφは口元で笑んだまま、再び地を蹴った。

「この感じ、何だか懐かしいです――――これってね」

そんなφの言葉を耳に入れながら、視界の共有に神経を傾ける。

右の手刀、左の掌底の後、突き出される右膝を受け流し、”杖”を握る手を固める。

次の一手は・・・。

「すごく単純な方法で」

φの視界が、途絶えた。

「攻略できるんですよ♪」

一瞬、カウンターを打ち込む筈の拳が止まる。

しかしその間、来る筈の次の一手はやはり”くる”。

「消えた!!?」

今までのセオリーから・・・背後。

ワシは振り向き様に回し蹴りを放つ。案の定そこにはφがいて、

「【千望】。懐かしいですね・・・・それ、雄一郎が作ったんですよ?」

蹴りは片手一本で止められていた。

「くっ」

そして、その蹴りの勢いをそのままに遠心力と共に、投げ飛ばされる。

頂上高く投げ飛ばされたφを眼下に捕らえ、脳内ではもう1つの”目”が自分自身を映し出しながら、ワシは動揺していた。

雄一郎が作った? ならそれを知っていてヤツはワシにφの相手を?

”ワシらの生きる世界”で、鬼丸が100%三振を奪う投手なら、φは100%出塁する打者のような存在だ。

誰もが相手にするのを避けたがるビッグネームなのだ。だが。

「中途半端な戦力は切り捨てる。それがヤツの口癖だったな」

なら今、ワシはワシの真価を問われている。

「受身なのは生理的な癖のようなものだったのだが・・・」

”T”のような形をした取っ手を今一度握り締め、引き抜く・・・・

魔道を秘めし剣ゲンドリル・ビヴリンディ【向日葵】」

外れた杖の取っ手の先からは黄金に近い色の刃が現われる。

【向日葵】の能力は”刃の増産”と”撃ち出し”。向日葵は刀身から”刀身を犠牲にすることによって刃を撃ち出す”ことが可能らしい。

それを初めて雄一郎に聞いた時には全く理解不能だった。

どうやら、向日葵の一輪が何十もの”命”を創るように、この刃は約1秒に100の刃を生み出す特性があるらしい。

そして、それと共に自身で”刃を増伸させる性質”があるらしく、空気中に晒し続けると限界点に達するまでその伸びは止まらないそうだ。

最長2m。”一発”は5mmの刀身を使用する。つまり最大4000発の刃をストック可能。

刃の射出は使用者の意志によって操作可能。弾速は音速に達する。

まさに”生きる兵器”といったところか。



「我が金色の刃、受けてみよ大戦士!!!」



空中で体勢を立て直し、いよいよ落下が始まる。

ワシは迫るφに刃の切っ先を向け、放つ。

シャンッとタンバリンを打ち鳴らしたような爽快な音と共に分裂した向日葵の刃が、その金色を煌かせ、奔る。

薄い笑みを浮かべていたφからそれが消え、それと同時に姿すら消える。セーレイズだ。

そして、現われたのは左側面。向日葵は右で握っている。現われるなら当然、左だ。

しかしそこへ現われることはすでに千望で知れている。向日葵の刃でφを斬りつけようと右腕を振る反動と共に身を転じる。

同時にφの中段の蹴りが放たれる。これを避けられる道は無い。なら、とワシは左腕を差し出す。

剣速と蹴り、速いのは後者。だが身体同士が密着した瞬間、それは唯一相手の動きが止まる時。

蹴りが老人の細腕に容赦なく突き刺さり、鈍い音が聴覚を打つ。

しかしその後に待っているのはこの戦い、最初で最後の好機。

振られた刃は負傷した肩の上を掠め、斜めに振り上げられる。そこには頭。

完璧に”獲った”と思った刹那、腹部を殴るような衝撃が襲う。

「左・・・・足かっ」

止まる筈の一瞬が止まってはいなかった。

恐らく蹴りの命中と同時に左足は刃から逃れるための運動を得るため動いていたのだ。

刃は頭の軌道を反れ、”何か”を切って振り切られる。

「だがっ」

瞬時に向日葵をφに向ける。これには”これ”がある!!

弾けるような音、そして黄金がφを追う。

ワシは見た。

確かに腹部に突き刺さる刃と・・・・苦痛に歪む”瞳”を。

そして、φは掻き消える。













地上へ到達する。

肩口の傷は思ったより深い。動かしただけで悲鳴を上げたくなる、断固上げないけど。

「痛み分けってところでしょうかね」

私――――【φ】の視界はくっきりと老人を捕らえていた。

その右手には私に一太刀―――という表現が適切なのか定かではないが―――浴びせた剣が握られている。

「それ凄い剣ですね。ある意味、機怪刀よりタチ悪いですよ・・・なんて言うんですかそれ?」

「向日葵」

老人は私が折った左腕の痛みを耐えるように崩れた無表情で言った。

・・・なるほど、向日葵。

「・・・・・・・・・・ハメられたわけですか。私は」

その呟きが聞こえただろう彼は戸惑いの表情を見せる。

「恐らく。その向日葵は雄一郎から貰ったもの。そしてこの日の為に用意された剣のようですね」

「・・・どういうことかな?」

「向日葵の花言葉、ご存知ですか?」

いや、と老人は口を濁す。

「【私はあなただけを見つめる】」

その言葉に思い当たったのか老人は喉の奥で嗤う。

「あなた方の標的である【大村アヤメ】の誕生日は8月7日。その8月7日の誕生花が向日葵なんです。つまり」

「この剣はあくまで標的が誰であるのかを示すためのメッセージ。恐らくはお主が参戦しないこと、そして【大村アヤメ】を知る者との交戦を想定しての・・・」





「「団長雄一郎のお遊び」」





「それが分かった今、あなたの相手をしている時間も無くなりました。恐らくまだ私の知らない第三者がアヤメちゃんに近付いているのでしょう」

私は構えを取る。こうなった今、力をセーブするわけにもいかなくなった。

「どういうつもりですか?」

しかし老人は動かない。

向日葵を握る手が緩んでもいれば、殺意を向ける意志すらも見受けられない。

まるで普通の老人だ。

「行くがいい、大戦士よ。いつまでも団長の掌の上で踊らされるのは癪に障るのでな」

「その行動さえも彼の予測の範疇で無い事を切に願いますが、ね」

私は老人に向けていた殺気を抑え、構えを解く。

それを確認するような間を置いて彼はくぐもった笑い声を上げる。

「それならそれでワシにも”利用価値”があるのでな」

心の底からの微笑み、皺くちゃの顔を歪ませ、彼は言った。

私は彼に背を向ける。

これ以上、戦わないことをお互いに認めさせるために。

「あぁ、それともう1つ」

思い出したように、彼は言った。

私は振り向かずにその言霊を聞く。











「”キミ”が【女性】だったとは」











「アハ。皆には秘密ですよ?」

無くなった前髪を照れ隠しに弄る。

空中戦でばっさり切られた目元を覆っていた髪はもう無く、私の素顔が晒されている。

おしかったねユッキー、いつも見たがってた顔が見えないなんて♪





私は意識を切り替え、アヤメちゃんの気配を追う。

彼女は、屋敷の中にいる。

陰惨な雲から雫はとうとう・・・・大量に滴り始めた。









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