「私は【セーレイズ瞬間次元律動無視】で回避できました。それに」

口元を尖らせてごねるφファイを抱きかかえ、拒界を駆ける。

現実世界で炎を浴びた天城家の屋敷も拒界では原型を留めている。

いや、正確には、留めていた。

ヒオナとかいうガキンチョを倒した後、ここへ入った俺――――【レンレイ】が初めて見たものは戦意を消し、立ち尽くし、青白い閃光を纏った男の剣から放たれようとしている攻撃を受け止めようとしているφの姿。

剣から何かが放たれる瞬間、男の口から紡がれた言葉に俺の身体は反射的に動いた。

それが放たれた時、俺はφを抱えて飛んだ。

あと一瞬、いや、半瞬遅れていたら俺達は・・・。

「今の今のことを考えろ、俺」

「何やら思い詰めてますね、レンレイくん?」

「誰のせいですか・・・」

「すいません、私のせいです♪」

屋敷を抜ける。

木々が隙間無く密集した林、すぐさま四方を太陽の光も届かない暗黒が染める。

その暗黒のど真ん中を一直線に駆け抜ける。

葉や枝が衣服と肌を裂き、しかし、構わず股関節の可動に全神経を注ぐ。

「あ、すごいすごい。レンレイくんも速いのに、彼も負けてませんよ? ライバル出現ですね♪」

「そんなこと言ってる場合じゃ・・・・・・どれぐらいの距離がありますか?」

φは腕を首に回して(俺の)後方を見る。

たまに見せる凛としたφの声が迫り来る現実を告げる。

「50m強ですかね。ゆっくりと確実に狭まってますけど」

掴まるのも時間の・・・いや、魔道に限ってなら射程距離に入っている。

「逃げるのもそろそろ潮時ですかね」

「逃げるという意味でなら私達はすでにそれを終えています。今行われているのは極めて一方的な狩猟です。あの人からは逃げられません」

「・・・その割に冷静ですね」

木々の隙間から徐々に薄暗さがなくなっていく。

ここを抜ければ市街地、といっても東京とは比べ物にならないぐらい田舎だが。

「彼は私を殺しません。正確には殺せません。私が死ぬのはまだ先ですから」

「【one summer days世界の真実】」

「ご存知の通り・・・”貴方”もまだ死ぬ時ではありません。それは彼も重々承知しています。ということは――――」

「彼の目的は別にある。恐らく私たちと同じでしょうね」

「”霊山”。と、アヤメちゃんですか」

視界が一気に光に満ちる。

林を抜け、暗黒を抜け、目指す場所は・・・巡る視界の隅を”東北自動車道”が掠める。

霊山・・・即ち【基督教徒神闘者クリスチャン・ウォーカー】の総本山でありアヤメちゃんの実家は、天城家の屋敷がある”半田山”から西南に真っ直ぐ20数キロの位置にある。

20キロ、俺達はその道のりを後ろの化け物より速く駆けなければならない。

本来、あの化け物は天城の屋敷で足止めしなければならなかった。

しかし状況が変わった、だがそれは不幸中の幸いか拒界内で起こっている。

「φさんは先に行って下さい。ヤツは俺が食い止めます」

「・・・ユッキーの力を買っていないわけじゃないですけど、アナタでは無理です。10秒と持たないでしょう」

それは分かっていた。

今の俺が立ち向かっても足止めにすらなりはしない。

だが、俺にだって考えなく言っているわけじゃあない。

「【神谷 幸村】では無理ですが【レン レイ】ならいけます」

「・・・・・・・・・・・向こうが”違反”するなら、こちらもですか」

俺は無言で肯定を伝える。

「分かりました。あとは任せますが・・・くれぐれも死なないで下さい」

「死ぬ時ではないと言ったのはφさんですよ?」

φを手近な場所で下ろし、俺は背後の気配を正面に構える。

「社交辞令です」

背に投げかけられた言葉はあまりにも残酷な響きで俺の決意を固める。

青白い閃光はφの疾走と共に現われる。

黒のシルクハット、帽子と同色のスーツは―――恐らくφとの戦闘で―――ボロボロになっていた。

手には切っ先の無い大剣、それも体中を廻るように包んだ青白い光を纏い、気配の一部となっている。

視覚に入れるだけで焼き尽くされそうな殺気とプレッシャー。

それがあの光に充満していることを悟った時すでに男は始動していた。

大剣を振りかぶり突進する姿は目前に迫る津波のように、どうしようもない。

だからあえて動かない。

「”俺は”だけど」











今度こそ、ここへはもう二度と戻らないと決めたのに、何故こうも私――――【大村 アヤメ】の意志は弱いのだろう。

あんなバカオヤジのことなんて忘れて新しい場所、新しい自分で生きていこうと決めたのに・・・。

運命よ、何故私に自由を与えてはくれないのですか?

「(それもこれも・・・!!)」

意識的なのか無意識なのか気付いた時、私は”あの左腕”を睨んでいた。

幼い頃から、罪を被せるように、私の心のグラスになみなみ注がれた負の感情を全て「お前のせいだ」と罵倒することで溢れることから逃げてきた。

それは今も変わらない。

この左腕を切り落とそうかと思ったのは一度や二度ではない。

理不尽な束縛の糸に絡まる度、疲れ果て眠った先に見る夢は左腕を無くすものの偽りの無い笑顔でいる自分の姿。

「(【神に似た者こんな腕】がなければ・・・・)」

衣服の袖を手首から肩口まで捲り上げると、そこには文字とは思えぬ記号の羅列がビッシリと刻まれた神の隻腕。

基督教徒神闘者の”真血”として生まれて来た者の宿命を形にした【ミカエル神に似た者】は真の用途で振りかざせば千の悪を薙ぎ払い、世界に平和をもたらすとされている。

その”用途”を見つけるために他の子が積み木で遊んでいる頃、私は神に祈りを捧げていた。

私は宿命だとか、世界平和だとか、そんな大それたものに興味は無い。

ただ普通に積み木で遊んでいたかっただけだった。

公園で友達と砂遊びがしたかっただけだ。

「(でも、多分、きっと、もう、戻れない)」

束の間の自由。

あの光で埋め尽くされた世界に私はもう戻ることができないのだ。







その時、私と彼の視線が交わったのは本当に偶然だった。

【尾崎 篠丸】はあくまで父さんの部下であり、父さんが彼に与えた命令は「今は家に戻すな」だったはずだ。

にも関わらず今、私は外来人がまず通される客間のソファに腰を下ろしていた。

彼は机を跨いだ向かいのソファの脇で休めの姿勢で立っている。

彼の性格上、父さんの命令なら飲まず食わずで一日中静止していろと言われても何不満の無い表情で従うだろう。

それが今、彼はなんとも人間らしい目で私を見ている。

何故と聞くのは無粋だろうか。

彼は心配してくれている、そんな目だから。

「(そういえば、篠丸が【ミカエル】を初めて見た時もこんな目してたな・・・)」

7歳ぐらいだったかな、私と篠丸が初めて会話したのは・・・。

お互い名前は知らなくても・・・向こうは知ってただろうけどさ、こっちは顔は見たことがあるって感じ。

もうその頃から箱入り娘化していた私は学校にも行かず、義務なんか無視しての修行の毎日。

その中に勉強もあったから受験しないと入ることができない学校レベルの学力はあったんだけどね、宝の持ち腐れ?

だから同年代の子と喋ったことがなかった私は、雇い主と使用人のヒエラルキーなんて無視して、修行の合間に会いに行った。

いつも修行部屋の外で警備みたいな仕事してたから会いに行くっていうほどのものでも無いのかもしれない。

その時、私は5歳。

あれ、と思うかもしれないけど私が一方的に会いに行っただけで、篠丸は仕事中だったから何も喋ってくれなかった。

でも私はそれでもよかった。

後々聞いた話によると私が5歳の時、彼は10歳。

真黒なスーツ着て直立不動してる10歳なんて他に無いよね。

篠丸が初めて口を開いて言語を発したのはそれから2年も後の事だった。

「(そう・・・あれは)」

あの日はそう、たしか雨だった。

晴れた日の、狐の嫁入り・・・日照り雨。

私は立っていた、傘も差さずに、雨の中心に。

そこには彼もいた、いつも通り無表情で、雨の中心のちょっと外側に。







ふっ、と鼻で笑ったような音がした。

しかしそれとは全く異なる実体で気配を現し、私が座って篠丸が立つという安定を破壊していった。

不自然だ。

私は今、彼と向き合っている

互いにソファに腰を沈めている。

私はこの不自然さにそろそろ慣れを覚えていた。

しかし、彼はそうにはいかないらしく目線が一点に向いていた。

それは私の隣で曝されぬ憤怒を宿して、私たちと同じように座っている。

「久しいな、アヤメ」

姿を見ずともそこには誰がいて、何をしているかが手に取るように分かる。

それが少なくとも10年以上の時を共に過ごしてきた親子だけにしか分からない感覚だとは思いたくない。

聞き慣れた野太く渋い声は僅かに動揺していた。

何故帰ってきた?とその声は語っていた。

「お久しぶりです、お父様」

しかし、私はその声が持つ意味を知らぬフリで通し、視線を正面に向けたまま口上を述べる。

微塵の不快さを表す事無く、父さんは私に向けていたのであろう視線を・・篠丸に向けた。

「篠丸よ。何故お前がここにいて、アヤメがいる?」

向かいのソファの篠丸はその問いに答えられない。

額を噴出した汗が濡らし、握った拳は強く固められる、息遣いが荒い。

父さんは負の感情を全くと言っていいほど表情に出さない。

怒りとか、絶望とか、ましてや慄きさえも。

でも言葉には出す、それが父さんの感情の表現だった。

今の父はある意味の絶望を抱いている筈だ。

逆鱗に触れるより、篠丸にとってはそれが怖いことも父さんなら分かっている。

だから怖い、言い出せない。

篠丸の視線が空間を廻り、唇は時折開くが、またすぐに閉じてしまう。

あまりにも長い空虚の間。

「まぁ・・・・・・今はそんなこと、どうだっていい」

それはあまりにも一方的に破られる。

私はあまりもの唐突さに身体ごと父さんへと向いた。

声の印象そのままの山のような体躯に厳つい顔立ち。

威厳に溢れ、常に余裕を持って行動していた父の表情には明らかな焦りが窺えた。

「まさか・・・・三陣将は既に」

「ほんの先程、天城家との連絡が途絶えた。とうとう最後の砦も突破されたということだ」

「やっぱり、次は・・・」

「この大村家だろうな。応援も頼んであるが、絶望的か・・・」

「お父様でも太刀打ちできないのですか!?」

「こちらに猛スピードで向かってくる強大な気配が”3つ”。恐らく応援のものである気配が”2つ”。そして更に”3つ”・・・この内の1つが先の3つと比較しても比にならぬ程大きい。それに対してこの大村家の戦力は三陣将の援護に回したがために0に等しい」

「残りの【基督教徒神闘者クリスチャン・ウォーカー】は・・・母様は!?」

「別の屋敷へと避難させている」

・・・・よかった。

「大村家はこの屋敷を放棄する」

・・・・なんだって?

「屋敷を放棄って・・・戦わないのですか!?」

「言っただろう? 戦力は尽きている。今は一族の存続が―――――」





「は? 今更何言ってんの?」





いつもなら口答えなんて絶対しないのに、何故か今、私の中の私は「立て」と言った。

その言葉に後押しされ、私は立ち上がる。

「私を今まで監禁してたのは何のためだったの? 私はそんなこと望んでない。だから私は皆を守るためにそれに耐えようと思った」

ハトの顔面スレスレをバズーカの弾が通過したみたいな顔して2人は私を見ていた。

「でも、それが何? いざ危なくなったら逃げる? 三陣将をぶっ潰しちゃうぐらい大胆なことやったんだ。どうせ追いかけてきて、また人が死ぬ」

ヤバ、止まらない。

「皆を守るどころか、私たちがいるから皆死んじゃう。そんなのおかしいじゃん。私の今までは何だったの? お父様は私にどうあってほしかったの? 答えなくていいよ。私には関係ないから」

もう、止めることなど考えないでいよう。

「今の私にできることってさ、ちょっとでも多くの命を守ること。自分を信じてくれた、認めてくれた人のために戦うことじゃないの? 存続とか甘いこと言ってないでさ、腹括りなよ!!!」

ごめんね、篠丸。

分かってたんだよね、今ここがどれだけ危なくても私が自分の決めた道しか歩かないってこと。

だから着いてきてくれたんだよね、信じて、あの日のように。

ごめんね、幸村さん、φさん、薫さん、ゲルニカちゃん。

あの夜の宴会ホントに楽しかった。

椿山荘の一員だって、認めてくれた気がして、ホントに嬉しかった。

「私はありがとうって言いたい。どれだけ私が自由に執着しても、それだけは言いたい。この家にはありがとうを言いたい人との思い出が沢山詰まってる。だから」

私の中の私が「戦え」と叫ぶ。

その言葉に後押しされることなく、私は自分の足で一歩踏み出した。

私を止めるものは何も無い。

私を繋ぎとめておく鎖も無い。

これが本当の自由?

パタン、と背後で客間の扉が閉まる。

住み慣れた筈の我が家はあまりにも広く大きい。

その大きさの分だけ、思い出もある。

「・・・うぅ・・・っ」

この涙は自由を手にした嬉しさ?それとも自由を手放す寂しさ・悔しさ?

教えてください、イエス様。

私には分からないことが多すぎるから。









「2週間ぶり、か」

俺―――【団長】の剣撃がレンレイへ届く半瞬前。

彼は昔を懐かしむような口調でそう言うと俺の視界から消えた。

劈くような鋭い衝撃が腹を抉ると小刻みに全身を射抜くような拳打の群れが追走する。

「(迂闊に)」

更なる打撃は戦局を握られかねない。

俺は散逸する魔道達レメゲトンを横薙ぎに振るうと同時にバックステップで間合いを取る。

「(飛び込みすぎた――――!!!!)」

視界が俺の意思とは無関係に天を仰いだ。

それが急激に間合いを詰められ放たれた下アゴへの打撃だと気付いたのは幾多もの戦いで培った勘というものだろうか。

その勘とやらはこうも告げている。

「(コイツ、屋敷で会った”レンレイではない”?)」

石と石を擦り合わせたようなくぐもった音と共に大気を割りながら、”それ”は神速を宿して驀進する。

咄嗟にレメゲトンを盾に受け手に回る、が刹那”それ”は急速に気配を断ち・・・。

魔道地判第五曲

神速は再び背後から現われる。

地龍流れ!!!!」

俺を中心に放射状に放たれた衝撃波は周囲の大地を割り、”それ”の動きを数瞬でも止めた・・・筈だった。

断罪の詩高らかに謳えよ隻腕の死者高らかに嘆けよ召されぬことのない御身を

背に、何かが触れる。

魔道闇判

全身の隅々、頭の天辺から足の指の先まで余す事無く焦燥が満ちる。

魔道の中で【闇】の属性は呪術を主として存在している。

呪術とは人を呪い殺すだとか人から受けた恨みを他者に移すなどという物騒なものではない。

”呪”という言葉とは対照的にそれは神々や精霊などの神秘的な力に働きかけ、力を生み出すものがそれとされている。

しかし、そもそも【闇】という規格は存在しない。

何故なら、その超自然的・神秘的さ故に基準となる物が存在しないからだ。

ただ魔力を捻じ込めば使えるというものではない。

だが、それを・・・・この男は使えるというのか!?

「(って・・・何ボケーっと呑気に突っ立ってんだ、俺!!!?)」

俺は振り向き様にレメゲトンを薙ぎ、後方を振り返る。

初撃から初めて目の当たりにしたレンレイの姿は先刻までの漆黒と言う印象から掛け離れた白を纏っていた。

太陽の光も届かない海底のように完全な暗黒色だった筈の髪は雪の白の純粋をもって存在していた。

変化はそれだけではない。

濡れた氷のように滑らかで透き通った気配とは裏腹に瞳には灼熱の闘争と殺気を宿している。

まさに、白い鬼。

レンレイは右手を差し伸ばした状態で下半身を屈伸させ、レメゲトンの刃を回避していた。

俺は闇の魔道というものを見たことが無い。

だが、この素振りから何かを打ち出すタイプの魔道と推測できる。

これもあくまで勘だが・・・・。

「(生身で喰らったら絶対痛いぜ、アレ)」

なら、と俺はレメゲトンの柄を握り、ありったけの魔力を注ぎ込む。

「(決まりか・・・一番やりたくないけど)」

相殺・・・・・する。

今、悪魔と天使は同時に微笑む天に座する神々は我の力に平伏し嫉妬するばかりその右手に誇りを守る盾を持ちその左手に災厄を跳ね除ける扇を持ってして・・・・・」

できる筈だ、天下無敵と謳われた最強の芸術兵器なら。

薙ぎ払え!!!!!!!」

序曲



インビジブル!!!!」

レギンレイヴ・・・・」



交錯する互いの魔力。

それは今質量を持ち、放たれる。

レンレイが放つそれは黒々とした筒状の光体、直径10m以上の”破壊”は直進し、触れる物全ての生命を刈り取っていく。

それが人でも空気中に漂う素子でも、全ては平等に、消し去っていく。

インビジブル、不可視を冠する通りそれは視覚に捉われる事無く突き進む。

接近を感じられる要因はただ1つ、感覚全てに訴えかけるような朗々とした鐘の音。

それが聞こえたのならそれは存在が根絶する一瞬前。

互いの速度は常人の目が追い切れるものではない。

しかし、俺にはその接近がコマ送りのように、着実に狭まっているのを感じる。

そしてそれらが触れ合った時、世界を震撼させるほどの轟音が轟き・・・炸裂した。

互いの”色”は失われ、魔力は分散し、気化する。

そのときに生じる膨大な風圧に脚で地を噛み、抗う。

「(インビジブルと互角・・・・これが闇の魔道の力)」

いや。

「(根本的な魔力の差・・・か)」

レンレイに背後を取られた時の焦燥は魔道の性質とは全く関係ない。

押し付けられた異常な魔力量、俺の存在全てを用いてやっと練り上げることができる程の魔力を彼は数瞬で生み出してしまったのだ。

「ったく、俺にツキは回ってこねぇのな・・・・」

どこまで俺に負け癖をつけたいのだ、闇の陰謀者はよ。

誰の目でも明らかな溜息を吐く。

そして視界をレンレイがいるのであろう方へ向ける。

やはり、いた。

「その大袈裟なオーラはやっぱり大袈裟なだけかよ? 【ペルセウス共同体】ってのはそんなもんなのか?」

彼は白霧の中でその白と対なる瞳で俺を睨み、言った。

「俺は【ペルセウス】となってまだ日が浅いんでな・・・・・・まだ肉体を制御し切れていない」

インビジブルも全盛期の3割程度の出力でしか撃てないしな。

【ペルセウス】。

”基督教徒神闘者”の肉体と”夢魔”の精神が同居した人間の事を指す。

本来その2つが1つの枠に収まることは在りえない。

基督教徒神闘者を修練する者は皆、最初に夢魔の感染が無い事を調べる。

これは宗教的なことで詳しくは知らないが、神以外のものに心を奪わせるなってところか。

一度神闘者になった者はその狂信的な教えから夢魔に取り憑かれることはないようだ。

だが、神闘者が人間な以上、例外もある。

【ペルセウス】となった者は夢魔が宿主の精神を喰らうのに対し、外界から力を供給する神闘者の性質が混同することによって、まずそちらを消費しようと夢魔が働くため”夢魔による夢の完食”が”起こらない”。

そして夢魔が力を喰らうごとに宿主は強くなる。

即ち、宿主が死なぬ限り半永久的に力は増幅する。

「(それが”俺達”【ペルセウス】)」





「不審に思っているようだな、俺に全く反撃の意志がないことに」

俺は先程からピクリとも動かず立ったままのレンレイに言った。

「それもその筈だ。俺の役割は”お前の足止め”だからな」

レンレイの表情が驚愕へと変わる。

俺はφが駆けていった方角へ目を向ける。

その先には、大村家の屋敷がある。

「俺んところの”頭”もそろそろ到着したはずだ。今から行っても間に合わない」

「そんなこと分からないだろう?」

「分かるさ」

俺はレメゲトンを下段に構えて地を蹴った。

レンレイはその動きに対応できない、やはりピクリも動かない。

レメゲトンを振り上げ、空気を裂いて、刃はレンレイの首筋2mmで静止する。

「さっきの魔道とは別に、その姿でいるにはまた別の膨大な量の魔力が必要のようだな。髪色が元の黒に戻りかけてるぜ? 元の姿では俺の足元にも及ばんだろうよ」

それに、と俺は剣を下ろして彼の耳元で囁くようにして言う。

「”アイツ”は俺の三倍強い」

俺は彼に背を向け、歩く、大村家とは正反対の方向へ。

「目的は達した。帰って寝る。キミもそうしたらどうかな?」

後方で舌を打つ音がした。

「俺に勝てないならいてもいなくても同じだろうから、さ?」





現世への扉を開く。

瞳を閉じ、開くとそこはヒグラシが呼応する夏の一面。

今にも降り出しそうな灰色の雨雲が空を覆っていた。













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