「まったく、こんな夜中にか弱い娘をパシらせるとは何て人だ」

自分がか弱いなど微塵も思わず、私不平不満を垂れながらカップ麺でイッパイのコンビニ袋を振り回しながら帰宅路を闊歩している。

そもそも何故、日にちが保つ筈の保存食品を一日で制覇してしまうのだろうか。

いや、確かにお湯入れて2,3分ですよ?

だからって仮にも管理職の頂点を極めたお方の朝昼夜食がカップ麺ってどうよ、フレンチにしなさい、フレンチに。

ちなみに私――――【獏羅 香織】が何故パシらされているかというと。

経緯から説明すると警察官仲間(私は高校生でありながら特別に捜査協力する立場でもある)と「徹マン(徹夜で麻雀の略)」することになったのである。

そしてその集会場として指定されたのが、何と警察庁長官室

つまり、あの【一ノ太刀 鬼丸】が日中暇を持て余している、あの部屋である。

・・・・・・・・・先に言っておきますけど、この物語はフィクションですからね。

これを読んで、警察=サボリの巣窟なんて考えるとお姉さんが許しませんよ♪

「年齢考えろって・・・あ、許される♪」

どこまで話したっけ?

あぁ・・・・・で、その長官室で麻雀することになったんだけど、予想通りというか案の定というか長官の1人勝ち。

そして、やはりビリの私に課せられたのは「取り合えず飯を頼む」という言葉と共に渡された野口英世が一匹。

「しけてるなぁ・・・長官なら諭吉をポンと出すもんでしょ普通。脱がされなかっただけマシか・・・」

転んでもただで起きないのが私ということもあり、しかしただ文句しか言えない夏の夜。

夜と言っても時刻は既に真夜中の2時、何度も言うようだが真夜中である。







不穏・・・と言えばそうなのだろう。

何か嫌な感じのする夜だ。

コンビニ袋の勢いはすでに弱まり、湿気を感じさせない乾いた風が頬を撫でる。

大都会東京はたとえ夜中の2時だとしても車の波は途切れても止むことはない。

しかし、そんな目に見える気配とは別の、目に見えない寒さを感じるほどの怖気が五感の全てを支配していた。

「また”これ”なの?」

【天下】という女性が言っていた【拒界】という別次元の世界。

その拒界特有の私を神経の絶頂へと導く空気。

「でも今はケンカしてる場合じゃないんだけど」

自分のいる場所がどのような場所かも知らずに呑気なことを考える私だが、実際厄介ごとに巻き込まれるほどの時間など無いのも事実なのだ。

私は昂る気持ちを自制してコンビニ袋を見つめながら止まりかけた足を勢いよく前に――――







踏み出した。と同時に視覚と聴覚のど真ん中を閃光と爆音が貫いた。・・・・・・・・・







「えぇい、世の中はどうしてそんなに私を巻き込みたいの!?」

距離にして約200m前方の交差点の一角。

つい数瞬前までネオンの光を撒き散らかせていたビルは突如倒壊を始めた。

いや、実を言うと「突如」ではなく、その予兆は確かにあったのだ。

ネオンの光に混じって明らかに異様な赤の光がそこにあった。

それが一体どういうものなのかなんて知る由もないが、その光を纏った人影・・に訊ねるのもおかしな話である。

あくまで、確かにここは拒界という空間で、恐らく普通の人間では入れない。

数日前、この世界の存在を【天下】という女性から知った私は、人影といえど、少なくとも彼女のような特殊な力を兼ね備えた者だと判断し、無視を決め込むことにしたのだ。

仮にも警察官という役職というかバイトについている人間の決断がそれというのもなかなかに考え物だが、人間誰だって自分が可愛いのである、これ真理だね。

まぁ、結果的に私の善良な市民意識・・・訂正、飛躍した野次馬根性に後押しされ、私はビルの方へと駆ける。

「しっかし、最近妙なことばっかりだね」

そもそも、こんな世界が存在していること事態が妙だとは”思わない”。

重要なのは意思に関係なく、私はこの世界へ入れてしまうことだ。

初めて拒界に足を踏み入れた時、初めて夢魔という存在を知った時、私は恐らくレンレイに招かれた、この世界へ。

そして天下によっての時も、それは”招かれた”と言えると思う。

しかし今回、ならば私は誰に招かれたのだろう。

自分の意思では入ることも出ることもできない(ちなみに天下の時は、彼女が気絶した瞬間現代に戻った)以上、私は必然的に”あの人影”を追うことになる。

「ま、素直に戻ってカモられるよりは楽しいかもしれないね」

結局の所、私に自制という言葉は存在しないのかもしれない。







倒壊したビルは、やはり倒れて壊れただけあって瓦礫の山だ。

しかし所々・・・いや、7割近いガレキが”焦げている”。

その場所だけアツアツの隕石が落ちた、みたいな。

爆音が轟いたということは、まぁ何かが爆発したんだろうけど。

「天下―――――」

彼女は【無垢白鷺の篭手イノセンス】・・・爆発する蝶を生み出すことができる武器を持っている。

蝶による起爆なら、この程度のビルなど一瞬で破壊してしまうだろう。

「(でも人影の付近に蝶はいなかったし、それに・・・)」

天下ならこんな自分の存在を示すために回りくどい方法を取らない。

彼女は自分の事を”戦士”だと言っていた。

知略より、武力で相手を制す直線的なタイプなのだから彼女はこの爆発とは無関係なのだろう。



「ん?」



何か落ちている。

拾い上げて埃を落とすと・・・いや、落とさなくても外観で分かるんだけどさ、指輪だねコレ。

お世辞でも可愛いとは言いづらい鉄色のデコボコしたフォルムに、何故取り付けようと思ったのか、ダイヤが埋め込まれている(ダイヤはどうやら本物のようだ)。

この瓦礫の下で、宝石店で取り扱っているような煌びやかなものではないが故に、そこが逆に不自然といえば不自然だ。

そしてそれは自然にはなりえない要素でもある、ということは。

「どういうこと?」

いや、ボケてる場合じゃないぞワタシ!





「なるほど・・・これはこのビルを倒壊させた者の所有物、もしくはこのビルと共に消し去られた者の遺品と考えるべきなのだろうな。この世界では」





嫌に聞き慣れた声が耳を打つ。

背後に立っているのであろう声の主を振り返る。

そこには彼の身の丈ほどに長い【機怪刀・霧隠レ】を腰に刺し、警官服を着こなし、立派なアゴヒゲを蓄えた大男が立っていた。

まぁ、こんな補足しなくとも・・あの人だけどさ。

「【長官】―――――何でココにいるんですか」

「キミの帰りが遅いのでな、ついでに・・・・迎えに来たのだ」

「ついで?」

「キミは聞こえないのかな? この―――――」

そう言って長官は辺りを180度見渡し、巡り巡った視線は私に戻る。

そして腰の【霧隠レ】を引き抜くと不可視の刃が音も無く露になり、上段に構える。

全身に纏うように張り付いた殺気がじわじわと私を蝕む。

「空腹に耐えかねて唸りをあげる腹の音を!!!!」

「カップ麺のついで・・・ですか私は!!!!?」

「まぁ、冗談はさておき」

「(このジジイ・・・)」

憎悪の念が高まってくる。

そんな私を尻目に長官は虚空を睨み、その先に刃を向ける。

「―――――取り合えず、伏せろ」

長官の放つ短い命令に私は逆らえず立ち尽くす。

刹那、私の視界が逆転した。









俺――――【一ノ太刀 鬼丸】にとってこの襲撃はある程度予期したものだった。

草食動物が敵の気配に敏感なように、俺の感覚は迫る強敵の気配に喝采を上げていた。

刃が交わった時、心が打ち震えた。

欲望のままに剣を振り続けていたい。

しかし、今・・・・。

「(今、”獏羅 香織”を失うわけにはいかない)」

彼女の立場はある意味、日本警察の長より、世界に身を置く大泥棒より過酷なものだ。

俺には彼女を守るという使命に似た感情がある。

守らなくてはならない。

それがあの男との約束だ。





俺の持つ不可視の刃は乱入者の剣を受け止めて静止している。

霧隠レと対向の両刃の剣クレイモアは黒の紳士服を着込んだシルクハットの男が手にしている。

男は口元に笑みを浮かべながら自嘲気味に呻く。

「今の不意打ちを止めるかフツー?」

「ただの斬撃なら眼を瞑ってでも止められる」

「ひゅー♪ サムライだねぇ」

口笛を交えながら男は茶化すように道化の言葉を紡ぐ、俺を誘っているのか・・・単に馬鹿にしているのか。

男は一度剣を引き離すと後方に飛び、間合いをとる。

俺は変わらず刀を上段に構えて、相手の出方を待つ。

それにしても・・・・。

魔道を秘めし剣ゲンドリル・ビヴリンディ――――か」

「何ですか、それ? って、なんか人数増えてるし!?」

足を払って無理矢理”伏せさせた”獏羅が頭を擦りながら問うてくる。

男はその問いに答えるように促し、剣を地面に突き立てた。

「魔道を秘めし剣とは――――」

【Concealed Technology】とはまた違う13世紀初頭に開発された【魔道文字】を剣の側面に刻んだものが”それ”とされている。

しかし、その魔道文字のそもそもの祖は【Concealed Technology】とされており、魔道を秘めし剣が芸術兵器であることには変わりない。

文字が刻まれていないだけで、この霧隠レもその枠から逸脱できないのも確かだ。

「普通の芸術兵器と違う点は剣そのものに変化が現れるのではなく、今地球上に存在するあらゆる法則を無視した現象が生み出されるという点にある」

「つまり・・・?」

「魔道を秘めし剣は、使用者の意志で火を噴かせたり、雷を落とすことができる。」

「そんなのアリですか!?」

「だが、それにも条件がある。RPGでも魔法使いが魔法を使うためには何らかの呪文を口にするだろう? それと同じだ。だからアレを持つ者と戦うには口を開かせなければいい」

俺は一度霧隠レを鞘に収め、獏羅が言う所の”氣”を脚部に収束する。

そして柄を浅めに握りなおし、拒界の大地を踏みしめる。

月の無い世界でこの場所に存在する光は人工的なものを除いて、ただ1つ。



「我が刃の閃きと化せよ小童!!!」



10mはあった間合いを一蹴りで詰める。

俺が持つ全ての敵意を刃に込めて鞘から引き抜く神速の一閃。

「オイオイ、居合いかよ!!?」

その驚嘆と同時に男の身体は地から引き抜いた剣ごと後方へ吹き飛び、俺は空を浮遊する男を跳躍で追う。

刃を再び鞘に収め、その軌跡は尖鋭な三日月の如く閃く。

その不可視高速の刃を、しかし男は寸前で止める。

だが、俺は死闘に感情を持ち込まない。

必殺の一撃を防がれようとも、神速の閃きを縦横無尽に駆け巡らせる。

闇夜にはビルのネオンよりも明るく美しい火花が咲き乱れていた。

「ハハハハハ!!! 見た目より衰えてないじゃないか、その身体は着ぐるみかよ?」

しかしその双眸は笑っていない。

「剥がしてやろうか、ソレ?」

「!!!!!」

刹那、男を中心にして周囲に10を超える球体が現われた。

それぞれが紅蓮の光を迸らせ、表面がぐつぐつと煮えたぎり、視覚だけでもその熱気が伝わってくる。

太陽のみの小宇宙が夜空を朱に染め、夕焼けのように切なげな赤は俺に畏怖に近い感情しか与えない。

地上は遥か下、4,5発のクリーンヒットは余儀無い。

そして後方には・・・。

「避けると死ぬぜ? アンタらの”希望”」

男は口元を歪にゆがめて嗤う。

「バカな・・・呪文の詠唱はさせなかった筈」

「俺はアンタらみたいに”戦士”じゃない。戦いはな”実力”と”狡猾さ”がちょっとずつあるから成り立つんだよ。魔道なんて、最初から詠唱しておけば、発動なんて意のままなんだぜ?」

剣を暗黒に仰いで言葉を紡ぐ。

魔道火判最終曲 バーレイグ・スヴィズリル

火球は火の粉を華麗に舞い乱し迫る。

紅蓮が全身に降り注ぎ、息を吸えどもそれは熱く喉を焼き尽くすばかり。

身を焦がす灼熱は俺の闘争心を奮い立たせ、自制心を打ち砕く。

激しい激突に関節が悲鳴を上げ、皮膚が溶ける奇妙な感覚と体中の細胞が死滅していくのを不気味だがその身で感じる。

「(そんなに剥がしたいなら、剥がせばいい)」

皮膚が冷たい風を感じた所で自分が落下していることを知る。

「(そんなに見たいなら、見せてやろう)」

俺は霧隠レの柄を深く握りなおす。

「(後悔を知らぬなら、教えてやろう)」





我が名は鬼丸 親を捨て 子を捨て 人を捨て 更なる高みを望んだ愚なる鬼の顕現なり











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