あぁ、死んじゃうのかな。
お腹の辺りを撫でると少し粘り気のあるものが触覚を狂わせる。
夜中の公園には私とドワーフがいる。
身体の面積の約3分の1が腕によって占められている。
逃げても逃げても凄まじい跳躍で距離を詰め、腕を振り回す。
暗闇でも分かる赤く血走った目は薬物中毒者のそれを思わせる。
昼間子供たちがキャッキャと笑いながら遊んでいた滑り台、ジャングルジム。
それら子供の遊具がドワーフの豪腕によって今や原形をとどめているものは無い。
しかし、そんなものの心配をしているほど自分の状況に余裕も無い。
あるのは”死ぬのかなぁ”という漠然とした思いと今まで育ててくれた人への申し訳なさ。
そうは思っても不思議と死を受け入れている自分がいることを感じる。
でも私は・・・・。
”生きたいならば願うがいい、愚かな人間よ”
脳に直接響き渡る冷たい声が聴覚を貫く。
目を開いても閉じても暗黒の世界で私は声主に訴えかける。
死にたくない、と。
”お前は・・・まさか、ここで会えるとは・・・・探す手間が省けた”
半瞬、たったそれだけの時間だった。
”異世界の者”が呻き声を上げる。
持てる力を振り絞って首を”異世界の者”を見ようとのばす。
そこに既にそれはいない。
いるのはただ、暗黒を背景に、鮮血に全身を染めた『ダークエルフ』の姿だけ。
・
・
・
ピピピピピピピピッ・・・・。
「ぐぅ・・・・むにゃ」
ピピピピピピピピッ!!
「ん・・・・うるさいなぁ」
カチッ・・・。
窓から差し込む光で目が覚めた私は、まだ寝ぼけている頭で時計を見る。
時計の針は学校に行くぎりぎりの時間を差していた。
秒針は刻一刻と時間を刻む。
「・・・・・・・・・」
現在の状況を確認しよう。
このままでは遅刻、一発理解。
さて、今から私はどうしよう。
A.起きる B.起きる C.起きる
「やっぱり今の私に選択肢なんて無いじゃん!遅刻、遅刻!!!!」
私は急いで制服に着替えて食パンを焼かずに口へ叩き込んで玄関へダッシュ。
寝癖がひどいが気にしない、あぁ、眉毛描いてないぃ。
まぁいいや、一先ずクツを履いて・・・。
「いってきます!」
「あぁ、いってこい、愚族よ」
誰もいない家に別れを告げ、闘牛のように通学路を疾・・・・・・・あれ?
スタートを切ろうとした足を止め、カムバック。
玄関には人影は見当たらなかったが見知らぬ靴を発見。
「どうした愚族よ。忘れ物か?」
男性の声がキッチンの方から聞こえる。
今いる玄関からキッチンは壁が邪魔で見えない、しかし確かに聞こえた。
靴を脱いで忍び足で家へ侵入(自分の家なのにぃ)。
「確かに制服を着て出て行ったはず・・・」
ヒョコッと声主(恐らく)の頭がこちらを覗き込むように飛び出した。
声主は人間ではなかった。
いや、外見は人間ソックリなのだが、違和感といえばそうなのであろう。
彼(私の目には男としか見えない)の耳は長かった。
神話や童話で描かれる悪魔のような縦に長い耳、多分彼は・・・エルフ。
この世界では、ドワーフ、ノーム、エルフ、そして人間が共存している。
ドワーフは花や森を、ノームは山や鉱山を、エルフは生命を、人間は経済を司っている。
どれか1つ欠けると世界のバランスは崩れてしまう。
だから今まで平和だったのに・・・。
少数過激派による世界のバランスを壊そうと目論む組織がテロを起こす世になった。
全種族最強の、生命の”死”を司る”闇(ダーク)エルフ”が中心となっている組織。
その闇エルフの特徴は・・・。
銀色の髪、青色の眼、長い耳、褐色の肌。
「・・・アンタまさか”闇エルフ”?」
私の彼を嘗め回すような視線に怪訝そうな顔をして・・。
「そうだが何だ、愚族よ」
「私・・・・・何かした?」
闇エルフと関わりを持つ理由は基本的に1つ、”血の契約”。
両者が血と血を交わらすことで切れることのない永遠の絆を手にいれる事ができる。
しかし、私は”血の契約”なんて・・・。
「お前は今日0時36分、愚族が形容する”異世界の者”に腹部に致命傷を受け・・・”血の契約”を交わし、お前の命を助けた」
夜中からの記憶が曖昧だ。
夜の公園を歩いていたところまで覚えている、そのあとは、無い。
「”人間”は恐怖したものを忘れようとする種族だからな・・・しかし」
首だけ突き出した(ように見える)闇エルフは不思議そうな視線を私に向ける。
「”血の契約”で自己回復能力が上昇したとは言え、凄まじい回復力だな。外傷は見られない」
今度は彼が私を舐め回すように見つめる。
彼は腹部に致命傷といっていた、だが、制服を着たときも不自由なく、そして外傷に気付く事無く着ることができた。
・・・と、首が疲れたのか彼はとうとう全身を現した。
私が唖然とする顔が彼にはどう映っているであろう。
TVで見る闇エルフは民族衣装を着ているのだが、彼は褐色の肌とは逆の真っ白なティーシャツにボロボロのジーンズを穿き、その上からピンクのエプロンをつけていた。
「何・・・してるの?」
そう聞かずにいられない。
「正確には、していた、だがな。朝食を作っていた」
「朝食って・・・コウモリの炒め物とか?」
「愚族よ、お前は闇エルフに偏見を持っているようだな。基本的にエルフ族は肉を好む、人間と変わらない牛や豚の、だ。魚も食べれば野菜も食べる、コウモリやヘビなどもってのほかだな」
「・・・・・・・で、何作ってるの?」
「オムレツだ、具無しの」
彼がニコニコ笑いながらフライパンに黄身を転がす姿を想像すると、声には出すまいとするが・・・ぷっ。
「食べるか?」
「え・・・うん、食べる。食べる!」
エルフが作ったオムレツ、すごく好奇心が刺激される代物だ。
彼は無愛想に、皿に盛り付けられたオムレツをテーブルに置き、私はイスに座り、彼は向かいに座る。
自分のオムレツには目もくれず頬杖を付いて私がオムレツを食べるのを今か今かと子供のように待っている。
エルフといえども自分の作ったものの感想には興味があるようだ。
私はフォークが見当たらないので箸を使ってオムレツを口に運ぶ。
「・・・・どうだ?」
薄い外壁の内からふわっとした卵が溢れ出てくる。
まろやかな口当たりが私の味覚に合っている。
「おいしい」
「・・・・・・・黙って食え」
聞いておいて黙れとは何事か、でも私はその言葉に悪意は感じられなかった。
彼の顔は微かに笑っている、オムレツを食べるかと聞いた時にも彼は表情を緩ませていた。
それより、残虐非道なイメージがある闇エルフにも嘲笑とは違う”笑う”という顔があることに驚いた。
久しぶりの1人以上の朝食は相手が相手とはいえ楽しい、もう彼がエルフということなど忘れてしまうぐらい。
母親はいない、父親は仕事の都合で海外に出張、現在自宅で一人暮らし。
滅多に連絡は無い、手紙がたまに来るだけ。
平凡な生活、それが今の暮らしの代名詞といえた。
「そういえば、何故お前、ココにいる」
ひどく意外そうな顔で彼は私を見る。
「何故って?」
「・・・・学」
彼が言い切るより早く私は玄関を飛び出した。
不思議で摩訶不思議な来訪者が何の為に私の命を助けたかなど・・・今の私は考えもしなかった。
・
・
・
校門から昇降口へと続く道を全速力で突っ切るとクツを下駄箱に無理やり突っ込んで学校指定の上靴に履き替える。
廊下を走るな、という校則は普段はしゃぎ回る男子の為のものだと思っていたが、違った。
この校則は正に”私のような者”に適用されるのではないだろうか、ホームルーム途中の教室の外をドタバタと駆ける私に通り過ぎた教室内から”走るな!”と教員の声が聞こえる。
だが、私は止まらない。
あと10m先に教室が見える、もしかすると自習になっているかも・・・。
ガラララララッ・・・・。
なってなかった。
「出席番号31番【一色 菜々美】、遅刻3回目・・・っと」
はぁ、間に合わなかった。
しぶしぶ窓際の一番後ろの席につきながら溜息、そして家にいるエルフのことを考える。
家に突如出現したエルフ・・・そういえば名前なんて言うんだろう。
彼と私は”血の契約”で繋がっているそうだ。
普通は、見知らぬ男と切れない絆で繋がるなど死んでも嫌なのだろうが、私はそう深く考えていない・・・彼が言っていることも本当のことか分からないし。
それに彼なかなか格好良いし、料理上手いし、ちょっと無愛想だけど。
恋愛の場数を踏んだわけではないが、私の中では彼は良い男の位置にランクイン。
だからとはいえ付き合いたい、とか思っているわけじゃあない。
やっぱり彼はエルフなのだ。
10年ほど前から制定された”異種恋愛禁止法”。
基本的にハーフは人間より高い知能、身体能力を持っている。
そのハーフによる世界転換を恐れた内閣は人間の純血を守るという形で、これ以上ハーフが生まれないようにするための法令を出した。
それが、これ。
恋愛禁止法には”付き合う”の名目もある。
”他種族同士が彼氏、彼女の関係になった場合(それに近い関係も含む)。内閣は人間ではなく相手種族の者に極刑を下す権利を持つ”。
まったく無茶苦茶だね、世の中狂ってるよ。
私はふと、家(があると思う)の方角へ視線を向ける。
「何してるのかな、アイツ」
「一色っ!」
唐突に先生に名前を呼ばれ、思わず立ち上がって返事をしてしまう。
「お前の番だぞ」
お前の番?辺りを見回す、隣の席に見知らぬ男が座っていた。
「・・・・・・・・・あんた、だれ」
もうエルフとか困るわよ、私。
「【天野 慎吾】は転校生だ。今、軽く自己紹介していたところだ」
「あんたは小学校の委員長レベルかってぇの・・・」
「何か言ったか?」
いいえ、と思い切り愛想笑いで先生との会話を終わらせ、天野の方を向く。
少し茶色の入った黒髪がすっと私を見上げて微笑む。
猫のような大きな瞳に少し幼さが残る顔つき、このクラスにはいない可愛い男の子だ。
「えぇっと、よろしくね」
「はい♪」
それだけの会話だった筈なのに、心臓の高鳴り、顔が僅かに火照るのが分かる。
今日の私、出会い運最高かも。
一人ヒロインを想像していて気付かなかった、先程の微笑みとは裏腹に獲物を見つけたライオンのような目付き、三日月形に歪む天野の口元。
彼は・・・あの闇エルフと同じ、異種族であることに。
・
・
・
授業は私の眠気を無視して走り続ける。
1時間目の数学で天野は学力の高さを発揮し、難しい問題ばかり出して困った顔を見るのが大好きな変態
田中を玉砕。
好奇心で天野を指名して玉砕される先生が多数の中”今日は寝ても大丈夫だ”と判断して顔を伏せる。
4時間目と5時間目の間にある昼休みには一緒にお弁当を食べようと女子の一団が天野の元に殺到、女子に囲まれる(捕まる)ことに慣れていないのか終始黙ってモグモグとおかずを食べていた。
「その光景を遠目から見守る私、あぁ、天野くぅん♪」
今のは私が言ったわけじゃないので誤解しないでください。
食事を共にする友人の戯言、こら、口に物が入ってるときに喋っちゃダメ。
「天野くんってさ、帰国子女らしいよ。勉強バリバリだし、あとは運動がねぇ・・・なんかヒョロヒョロじゃん?」
「ヒョロヒョロってアンタねぇ・・・」
「でもでも見た目で判断しちゃダメだよね。次の時間体育だよね、盗撮盗撮♪」
「・・・せめて見学と言いなさい」
・
・
・
友人の期待通り(?)、彼の運動神経は並外れていた。
陸上部の男子を軽々と抜き去り、100mを走りきる。
あの体躯からは想像できないスピード、新入生ということでスポーツテストを受けるが全て最高クラスの成績を収めた。
「すげぇ」
「かっこいぃ・・・」
「男の敵か、アイツは!」
などなど、たくさんの感想が飛びかう中を天野は悠然とクラスの輪に帰って来る。
「ねっ、菜々美ちゃん?やっぱり運動できたじゃん!」
「アンタ、何も言って無いでしょ・・・」
・
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・
私は部活に所属していない。
そのため私は早い時間から帰宅する、今日あった出来事を思い出しながら。
「天野くんかぁ・・・可愛いけどちょっと便り気が無いなぁ」
「たしかにな」
「文武両道。才色兼備・・・は女の子に使う言葉から違うか。でも、私はもっとガッチリした男らしい人の方が・・・」
「俺のような、か?」
「えぇ、どうだ・・・・・・ろぉ?」
あまりにも自然に会話に入ってきたものだからスルーしてしまった。
声先に顔を向けるとそこにはフードを被った男性がいた。
「誰・・・?」
「俺と判断する為には耳を見なくては分からぬものか?」
周りを気にするようにフードを取り、私と視線を合わす。
「あ・・・アンタ」
忘れていた。
今朝から家にいた、私と”血の契約”を交わしたという闇エルフだ。
「どうしてここにいるの?」
「”血の契約”を交わしたエルフは受者を守らなくてはならない、だからここにいる」
「もしかして学校にも・・・?」
「あぁ、外からだがな」
「えぇっと・・・今朝のあれマジだったの?」
彼が言っている事はタチの悪い冗談だと思っていた、血の気が引くのが分かる。
生活できなくなったエルフが人間の家に上がりこんで食料を調達する、簡単に言えば泥棒だと思っていた。
つい先日も夕食時に可愛らしいノームがベランダから”食べ物・・・”と呟きながら窓を叩いていた。
腹部に致命傷と言っていたが、そんなもの見当たらなかったし・・・。
彼のことをそういう者と思っていた。
でも・・・やっぱり本当なんだ、私は彼と”血の契約”を交わしたんだ。
瞬間、背筋に電撃が走り、夜中のことが走馬灯のように駆け巡る。
数秒の恐怖だった。
しかし、時間が経つにつれてジワジワとそれが私を蝕む。
「・・・・・イヤ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「イヤアァッ!!!!!」
闇エルフを跳ね除け、私は家への道を疾走する。
「私、ワタシ、わたしぃ・・・」
「忘れていた恐怖を思い出したか・・・お前は昨日」
追いかけてくる、私を・・・私の母さんを束縛した鎖が。
「俺と交わした。”血の契約”を・・・お前は助かったんだ、何がイヤなんだ?」
「”血の契約”を交わした人は不幸になる、死んじゃう!」
「何をバカな、たかが”契約”だ。不幸・・・よもや死ぬなど!!」
「来ないで!!」
家が見えた、ポケットから鍵を取り出す。
鍵を開けて飛び込むように家へ入る、鍵を閉め、キーロックをかけた。
「・・・・母さん」
私はその場に座り込み、外界とを隔てる扉を見つめていた。
・
・
・
扉の前に座り続けて何時間経っただろう、だいぶ落ち着いてきた。
あの闇エルフはどこにいるのだろう。
外は暗い、7時は回っている。
「話して」
突然、男の声が扉の外側から聞こえた。
「くれないか?」
話してくれないか、それは多分”何故、血の契約が不幸と死を招くのか”だと思う。
ずっと待っていたのだろうか、扉の前で・・・でも。
正直話す気分では無い、しかし、彼は”血の契約”はそういうものではないといった。
たしかに、”これ”は私の妄想と偏見だ。
気が付くとポツポツと勝手に私の口が動いていた。
「20年ぐらい前かな、お母さんが事故に巻き込まれて瀕死の重傷を受けた。 その当時、お母さんと付き合っていたエルフの男性が”血の契約”でお母さんを救った。 もちろん”異種恋愛禁止法”もなかったから恋愛は自由だったし、何より2人は愛し合っていた。 結婚まで考えたそうね、でもお母さんのお母さん、お婆ちゃんが許さなかった。 人間とエルフの間に生まれた子供なんて生まれた子供が可哀想ってね。 でも、それは仮初めの理由、本当は世間体を気にした・・・大人の都合。 その後、別れさせられた2人はお婆ちゃんが連れてきた男・・・お父さんと無理やり結婚させられて私が生まれた。 でも別れさせられたエルフが黙っていなかった”血の契約”は絶対、そのエルフは結婚式にも来たそうよ」
「それでどうなった・・・」
「そのエルフはお母さんと駆け落ち。2人は・・・エルフが住んでいた家で抱き合って死んでいたそうよ」
「・・・・・・・」
「愛し合って、離れられず、自分を守ってくれる。それを捨ててまで世間体に従う理由なんて無い。お母さんは自分が望む生き方が出来なかった、だから不幸で・・・死んじゃった。私はそうなりたくない・・自分の意志で自分のしたい事、愛した人と一緒にいたい」
そうか、と扉の外の彼は沈んだ声で言った。
分かってくれた、のかな。
「あ、そういえばさぁ・・・」
「・・・・・・・・・なんだ?」
私はゆっくりとキーロックをはずす。
「”アンタ”って呼びにくいじゃん・・・?」
鍵に手をかける、逡巡する。
「アンタの名前・・・」
鍵を・・・・開ける。
「教えてくれる?」
扉を開く。
そこには月を背にし、初めて出会った彼とは違う・・・優しい微笑みの彼がいた。
「・・・【シルヴァ・バリフ・シルヴァノス】だ」
「あは、変な名前〜」
「うるさい・・・・・・・・・何か食べるか、菜々美」
初めて・・・・名前で呼んでくれた。
「シルヴァ、私・・・ボンゴレが食べたいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・食材があればな」
・
・
・
そんな1人以上の食卓が続く・・・続くと思っていた。
その日は突然訪れる。
平穏は崩れる。
・
・
・
俺、シルヴァはあの日、初めて菜々美が通う学校へ行った時。
あの男(天野といったか)の視線が菜々美に向けられていることに血が騒いだ。
標的を見定めた猛獣のような、狡猾で欲望に満ちた双眸。
長年待ち続けた恋人が現われたような、うっとりとした表情で菜々美を見る。
あの男は人智を超えている、俺と同じだ。
恐らくは国が派遣した諜報機関のエージェント、標的は・・・。
「俺か?それとも・・・」
俺が持つ最大の敵意をヤツに向ける。
ビクッと身体を震わせ、敵意が向けられた方へ(俺の方へ)探るような視線が注がれる。
”そこにいたんですね”と視線は語った。
「アレは渡さない。誰も手にしては・・・いけないものなのだ」
俺は食料調達のために街へと足を運んだ。
何となく、ボンゴレが食べたかったのだ。
・
・
・
俺が一色家で暮らし始めて(と、言っても居候の身だ)1週間が経ったある日。
「シルヴァ、ちょっと付き合って♪」
と言われて今俺達はクリン・コアという街に来ている。
道中、無理やり説明を聞かされ学んだ知識を披露したいと思う。
ショッピングセンター・映画館・劇場・アミューズメント施設・ショールームが集積した、大型複合都市施設。
何十年も前の大戦で焼けた土地に建てられているらしい。
九州地方という所に建てられているらしく、年間の降雨量が多い、その為か天候が悪くても楽しめるようドーム状になってある。
ドームの直径は1キロ、高さは300m・・・有り得ないぐらいでかい。
菜々美がここへ何をしに来たのか分からないが(分かっているつもりだがあまり認めたくない)、俺がエルフということはバレてはいけない。
共に俺が作ったものを食べる彼女は楽しそうだ。
この笑顔を曇らせてはいけない、彼女の母親と同じ道を歩ませてはいけない、と思った。
最初はアレの監視のため、彼女に近付いた。
しかし今は・・・・。
「どしたの、シルヴァ?」
先程売店で買ったコーラという飲み物をストローでジュゴジュゴ飲みながら菜々美は俺の顔を覗き込むように見る。
普段の制服姿が見慣れている為、彼女の私服は妙に新鮮だ。
いつも縛っていたから気付かなかったのだが・・髪、長かったんだな。
腰まで届いた綺麗な黒髪が歩くたびにユラユラ揺れる・・・酔いそうだ、悪い意味で(いつもながら俺は美というのもに関心が無いと思う)。
袖が肩の所で切り落とされた・・・服なのかこれは、少し露出が多い気がするが服装に詳しくない俺が言ったところで”ファッションです!”と一蹴されるのが目に浮かぶのだが。
俺のとは違い装飾が施されているがこれはジーンズなのか、その単語だけ分かる。
一方、彼女の隣を歩く俺はというと・・・。
帽子を深く被り、耳には電源が入っていないヘッドホン、肌はどうしようもないのでそのまま。
白のシャツの上から黒の・・・何かを羽織らされている。
俺の手にもストロー付きコーラがあるのだが、一口飲んでそれ以上飲むことを諦めた。
「いや、何でもない・・・で、菜々美はここに何の用があるんだ?」
さも意外そうな顔で。
「デート♪」
やっぱりか・・・。
「”異種恋愛禁止法”があるのを忘れてないか?そういう関係ではないが一緒にいると・・・見つかれば俺達は・・・」
「シルヴァ、この1週間で変わったね」
いきなり何だ?
「・・・・・・・・どう変わった」
「初めて会った時は自分の事ばっかり!ってイメージだったんだけど、実際そうだったし。今は・・・”俺達は”だよ?」
・・・。
「人間とエルフを対等に考えてるってことじゃない?それってさシルヴァにとっては進歩じゃないかな?」
「違う、俺は・・・」
「いざとなっては切っても切れない”血の契約”があるんだもん、だから・・・・」
声のトーンが一気に落ちた。
菜々美が俺の名前を聞いたあの日の声だ。
「い・・・く・・・・・いでね」
「・・・・なんだって?」
「なんでもな〜〜い♪今日は荷物持ち、頼むわよぅ♪♪」
「へいへい」
気の無い返事、と笑い飛ばして服屋が並ぶファッション街へと突き進む彼女の背を追いながら・・・さっきの言葉を口にする。
「いなくならないでね、か」
彼女は彼女なりに、母親のいない寂しい生活を乗り越えてきたのだ。
今、俺が彼女にとってどの程度の存在かは分からない。
だが、1つ分かることは・・・彼女が今のこの状況を楽しんでいるということ。
「何も起きなきゃいいんだが・・・」
昔から悪い予感は的中する、そのジンクスは変わったという今の俺でも同じようだ。
・
・
・
「はい、次これ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
溜息を吐きながら試着室の中で菜々美に手渡された服をアセアセと着る。
服を着るには支障が出るため帽子とヘッドホンは外していた。
「試着とはここまで疲れるものなのか・・・」
俺は菜々美の服を持つことになるのだと正直乗り気ではなかったが、彼女が足を運んだのはメンズ専門店。
まさか、とは思ったが、まさかだった。
試着室のカーテンを開け、どうだ?と無言で聞く。
「もうちょっと派手な方がいいかな・・・・はい、これ♪」
シャッとカーテンを閉めて”着ろ”とこちらも無言で言う。
「こんな事になるとはな・・・」
もう何十着も俺が着る服を買い込んでいた。
おかげで服を入れた袋の数が二桁に達しようとしている。
「これでいいか?」
しかし、カーテンを開けると、そこにいると思い込んでいた菜々美の姿はなく・・・。
見知らぬ男が立っていた。
「ね?やっぱり、いたでしょ。彼女連れの闇エルフ」
男の後ろには警備員がいる。
まずい・・・。
男は俺達のことに気付き、警備員に通報したのだ。
くそ・・・どうする、どうする、どうする。
とにかく菜々美は逃がさなくては・・・俺はもし見つかった場合の事を考えてキーワードを伝えておいた。
恋愛禁止法では人間に刑罰は無いが、事情聴取程度の尋問は受ける。
そうなれば俺達は二度と会えなくなる、国の監視も付く、そしてなにより・・・。
初めて菜々美から離れたくないと思った。
「動くな、動くと発砲する!」
警備員の銃口が俺に向く。
・・・邪魔だ。
「どけえええええええええぇぇぇぇ!!」
俺の咆哮と同時に銃口が火を噴いた。
試着室という狭い空間だがエルフである俺が、銃弾程度で血を流す気は無い。
身体を真横に傾けて銃弾を避けると、魔力を足に込めて警備員と通報しやがった男の頭を鷲掴みにして床に押し付ける。
「てめぇ、誰かに頼まれたな?どんなヤツだ!」
「ひっ・・・小柄な男だった。あそこにエルフがいるから通報し」
そこまで聞いて押し付ける力を強くする。
床に少しヒビが入ったが俺は気にせず疾走する。
そして、大声で・・・。
「ボンゴレが食いたい!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フロア一面に響き渡る大音量でそう叫んだ。
視界に菜々美の姿が映った。
声は聞こえなかったが彼女は・・・。
”かならずかえってきて”、そう言っていた。
・
・
・
一時閉鎖という形でクリン・コアは今、人間がどんどん減っている。
菜々美が無事に外へ出れたことを祈りながら俺は走る。
警戒を怠っていた、そして浮かれていた。
馬鹿でかい魔力を持った
俺と同じ、人間から見れば異種の生物がこのクリン・コアにいる。
前方で銃口を向ける警備員を薙ぎ払いながら人のいなくなった上層階は、ある意味活気で溢れていた。
ドーム中の警備員がこの階へと押し寄せているのだ。
最近の警備員はなかなか訓練されている、銃弾は当たらないと判断した者は捨て身の肉弾戦を仕掛けてくる。
俺は近遠距離からの攻撃を力で玉砕する。
「よりによってこんな場所で・・・」
当たっても死なない程度の魔力を掌に込め、放つ。
放たれた魔力は大気を駆け、衝撃波となって銃で攻撃してくる警備員軍団を吹き飛ばす。
これを好機と見たか、何人もの肉弾警備員が迫ってくる。
「粉っ!!!!」
閃光が弾け、轟音が空気を、地面を揺らした。
凄まじい衝撃波が迫る者を投げ出すような形で吹き飛ばす。
俺を中心に、放射線状に放たれた魔力は人間を昏倒させるには十分だった。
・・・・さて、本命登場か。
空気が質量を持ったように重くなった。
開けたストリートをゆっくり歩く悪魔。
猫のように大きな瞳、童顔だがどこか大人の風貌を持った長い耳を持つ少年。
しかし、少年と呼ぶには、あの男は異常だ。
「天野
慎吾・・・いや【エルゴ・マーキス】、国の飼い犬・・・そして覇王の名を持つ魔闘士・・・」
エルゴは世界のバランスを崩そうとする少数過激派組織の幹部でありながら国家に忠誠を誓う中立者だ。
俺と同じ闇エルフで魔力は俺を凌ぐ。
「シルヴァ・・・ひどいな、キミも僕と同じ飼い犬なのに逃げ出すなんて。しかも、僕達が長年探し続けたパーフェクト・ラブと”血の契約”を交わすだなんてホント・・・」
2人の間合いが10mを切った瞬間、エルゴの姿が消えた。
「時空越えか!?」
俺は反射的に後方へ飛ぶ、エルゴの魔力を込めた掌底が俺がいた空間を貫く。
エルゴには普通のエルフは使用できない魔術”時空越え”を使うことが出来る。
数mなら瞬間的に移動できる最強の”空間移動”魔法だ。
「潔く死んでくれないかな・・・キミがいると、あの子は不幸になる」
「なんだと・・・・?」
「キミが弱いからだよ、今なら彼女も踏ん切りがつくさっ!」
再び”時空越え”、エルゴの姿が消える。
エルゴ、お前は遅すぎたんだよ。
もっと早くお前が俺を殺しに来ればよかったんだ。
菜々美は俺に魔法をかけた。
”いなくならないでね”、相手を離す事の無いその呪文をもう一度、リピートする。
もう1人は嫌だ、言葉がそう語っている。
俺は強制的に”生きなければならない”状況に立たされたのか?
いや、そうじゃない。
その呪文が俺の迷いを消す。
俺は生きたいんだ、菜々美と一緒に。
ヒュ・・・
背後から風の切る音が聞こえる。
前方に飛びながら180度回転、目前に拳が見えた。
仰け反って顔面一撃KO狙いの攻撃をかわす・・・かわしたと思った。
エルゴの拳が開かれ、手の平に魔力が集中する。
「くそっ!」
俺はその腕を蹴り上げて勢いだけで体勢を立て直し、後方へ飛び退ける。
だが、それを予想していたかのように衝撃波を放ち”時空越え”。
前方からは衝撃波、そして後方から時空を超えたエルゴの拳が迫る。
どちらも神の如き速さ、しかし、直接ダメージの大きいエルゴの拳を止めに入った。
「クス」
笑み、拳はフェイント・・・いや、俺が衝撃波をガードしたら間違いなく俺は五臓六腑全てを吐き出すことになったであろう。
俺は当たりクジを引いた・・・わけではない、エルゴは再び姿を消す。
「反魔力コーティング全開!!」
俺は反転しながら魔力で覆った腕で衝撃波をガードする。
パァンッと風船が割れたような音がフロアに響き、俺はエルゴの姿を追った。
「いやぁ、さすがシルヴァ。僕に”時空越え”とキミ以上の魔力が無ければ瞬殺だったね。でも、術者としての切り札が無いキミに僕の”時空越え”は敗れないよ」
右手をかざし、微笑みながら魔力を練り上げていく。
「ここ、潰す気かよ」
「そうでもないよ、手加減する」
そう良いながらも俺が持つ魔力を優に超えた魔力が右手に集結するのが分かる。
人間の目で見ても分かるのではないだろうか、エルゴの右手の周りの空間が歪んでいることを。
くそ、こんなところで・・・。
「これで終」
「シルヴァ!!!!」
エルゴの声に誰かの声が混ざった。
この声は・・・。
「菜々美・・・・・・・どうして、ここに」
泣きそうな顔をしながら俺のほうへ駆けてくる、エルゴはその光景をただ見ている。
「心配だから来ちった♪」
「来ちった♪じゃねぇよ、今ここがどんなに危ないところか・・・」
そう言うと菜々美は、何を言うか、とすごく不自然そうな表情を浮かべる。
「シルヴァの方がかなり危なそぉじゃん」
「たしかに・・・じゃなくて」
「ふむ、彼女がパーフェクト・ラブか?」
「!!!!!」
タイミングが悪い、エルゴがどう出るのか分からないが、最悪
菜々美と俺は死ぬ。
「少し話をしようか」
その最悪は免れそうだ・・・時間制限付きだが。
かざした右手が下ろされる。
「あれ、天野くんじゃん?」
「えぇ、あれは仮の姿ですよ。本当の僕はエルフです」
ニッコリと微笑むがそこには邪気がこもっていた。
菜々美は、は?と意味不明の意を表し、首を傾げる。
「菜々美さん、突然ですがエルフの生殖・・・繁殖方法はどういうものか知っていますか?」
なっ・・・・。
「し、知りません」
顔を真っ赤にしながら俯いて言った。
「そうですね。普通、知らないものです。なら、お教えしましょう・・・エルフの繁殖方法、それは・・・・”キス”をすることです」
「・・・・・・・・・え?」
予想したものと違ったのか、軽く首を傾げている。
「エルフというのは多少潔癖症を持った一面がありますからね。あなた達、人間にとっては普通のことなのかもしれませんが」
「へぇ〜」
「そこで少し面白い話をしましょう」
「ナニナニ?」
食いついた。
「ある所に、人間の女性とエルフの男性がいました。 2人は恋に落ち・・・エルフの方はキスをすることに抵抗が無かった為、人間の女性とキスしてしまいました。 その結果・・・人間の女性のお腹には子供が出来てしまったのです。 エルフとキスをしてしまったから、ね」
そこで一拍置いてエルゴは菜々美の表情を伺う。
やはり、この話は・・・。
「出来た子供は普通じゃありませんでした。 男性のエルフ、なんと彼は”聖(ホーリー)エルフ”最強の戦士だったのです。 最強の聖エルフの血を継いだ女性は、後に違う人間の男と結婚し生涯を終えました。 生まれた子供は全種族最大の魔力を持っていました。 その子供に愛された者は世界を統べる力を持つという噂と共に”パーフェクト・ラブ”と呼ばれるようになったのです」
・・・気付いたようだ。
今の話の、人間の女性とは菜々美の母親。
男性のエルフとは自分を生んで死んだ母と共に死んだ最強の聖エルフ。
そして、最強の魔力を持つ”パーフェクト・ラブ”と呼ばれた子供が自分であること。
「えっと・・・それじゃあ・・・・・・」
「僕の任務は、そのような力を持つパーフェクト・ラブを始末すること。死んでもらいます、一色さん!」
再び右手がかざされる、先程より強力な魔力が集結する。
「・・・・・え?えぇ?・・・・え?」
当たり前だ、自分の本当の父親はエルフで今海外にいる父親は仮初だといわれたのだ、無理は無い。
「どうしよ、私死んじゃうの、シルヴァ?」
「菜々美、落ち着いて聞いて欲しい。俺はあの日・・菜々美と初めて会った日だ。俺があの公園へ行った時、菜々美の傷は塞がっていた」
「え?」
「それは菜々美の中にある聖エルフの血が外傷を全て治したからだと思う。俺はあの薬中まがいのドワーフを殺しただけだ。だから・・・俺と菜々美は”血の契約”では結ばれていない」
「・・・・えぇ!?」
「このままではあの魔法で・・・」
俺はエルゴが全身全霊を込めている魔力の塊へ視線を向ける。
「死んじまう、だが1つ可能性がある」
パーフェクト・ラブの噂を信じるのだ。
菜々美の方を向かずにエルゴへと向き直る。
「・・・・俺を愛してくれないか?」
顔から火が出るとはこのことだ、何を言っているのか自分でも分からない。
案の定、菜々美も同じ顔色でどう答えて良いか迷っている。
俺は返答を待たずに地を蹴った、少しでもエルゴの魔力供給を遅らせ、時間を稼ぐためだ。
両腕に魔力を込め、両手から衝撃波を放つ。
しかし、これを”時空越え”で避けると俺の目前に現われる。
エルゴは俺の懐に潜り込み、空いた左手で俺の腹部に拳をぶつける。
重力を無視して吹っ飛ぶが、空中で体勢を立て直して着地後再び踏み切る。
「おおおおおおぉぉぉ!!」
人間の目では追いつけない速さで片腕のラッシュを繰り出す。
途中まで左手と足一本で捌いていたが限界が来たのかエルゴを舌打ちしながら後方へよろける。
「っし!!」
エルゴが”時空越え”を使うより速く渾身のストレートパンチが腹部を抉る。
”く”の字になって吹っ飛ぶエルゴに追い討ちをかけようと地を蹴りかけた、その時。
「ハハハハハハッ!完成だ、僕の魔力の結晶・・・受けてみろ!!」
吹き飛びながら右手から空間を歪ませる魔力の塊が発射される。
「ここまでか・・・・」
「諦めるの?」
菜々美が俺の腰に手を回して抱きついている。
この1週間、菜々美に会えて良かった。
「あぁ、俺にはどうしようもない」
「じゃ・・・私と・・・どうにかしよ♪」
菜々美は俺の正面に回り、今度は首に手を回す。
「愛してるよ、シルヴァ・・・またボンゴレ作ってね、最高に美味しかった」
「あぁ・・・・・・約束する」
俺と菜々美の唇が重なった。
・
・
・
大きな爆発音、俺は・・・死んだのか?
身体が青白い光に包まれている・・・死んだらこうなるのかな。
「バ、バカな・・・・僕の魔法が・・・」
この声はエルゴ、まさか。
俺の首には白く細い腕が絡まっている。
視線を落とすと、呑気そうに寝ている菜々美がいた。
「まさか・・・シルヴァ、パーフェクト・ラブと・・・・」
エルゴが絶望の表情で後ずさる。
俺は地に菜々美を横たわらせてエルゴを見る。
「エルゴ、パーフェクト・ラブを始末するのが任務だよな?どうするんだ、俺を殺すか?」
「くっ・・・・・やってやろうじゃないか、僕にはまだ”時空越え”が・・・!!!」
エルゴの視界からは突然、俺の姿が消えたであろう。
背後に立つ俺にまだ気付いていないようだ。
「おっと、これは”時空越え”じゃないぜ?俺のスピードだ。 生かしてはおいてやる、帰ってボスに伝えろ。 俺はパーフェクト・ラブを悪用しない、だから俺達を戦いへ誘うのはやめろ。 じゃねぇと・・・・殺してやる」
耳元で囁いてやる、エルゴの身体が硬直した。
「さ、死なない程度に死んでくれ」
後頭部を鷲掴みにして床に押し付ける、フロアの床が抜けた。
手を離すと痛みに悶えながらエルゴは少しでも俺から離れようと腕だけで逃げる。
もちろん、逃がす気など無い。
俺は拳を構え、一発一発に魔力を込めた衝撃波を先程エルゴをよろめかせたラッシュの倍以上の速さで打ち込む。
骨が砕ける音が打ち込むごとに響き、エルゴの身体がどんどん押し潰されていく。
すでに気を失っているエルゴを持ち上げ、上層階へ投げる。
それを追うように俺も跳躍。
エルゴに追いつき、見下ろす高さまで上昇し、俺は先程エルゴが数分かけて集結させた魔力と同等の魔力を練り上げる。
「はああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
拳と共に解き放った魔力はエルゴを真下へ叩き落す。
エルゴの落下は、凄まじいスピードでフロアの床を・・・・1枚、2枚、3枚、4枚を突き破って止まった。
生死は不明だが、生きていることを願おう。
俺はぐっすり睡眠中の菜々美を抱きかかえてトンズラ(逃げる時に使うらしい)した。
「取りあえず・・・・終わったかな」
・
・
・
目が覚めると私は自分の部屋のベッドにいた。
真っ白な天井を見つめ、再び寝てしまいそうになるのを堪えながら、ベッドから足を下ろした。
「いたっ!」
足に激痛が走った・・・思い切りベッドから落ちる、まずい、立てない。
ドンドンッ!
少し乱暴なノック音が部屋に鳴り響く。
「どうした、菜々美!?」
あ、シルヴァだ。
「開いてるよ〜♪」
ガチャ・・・。
私の朝を迎えるいつもの服装、ピンクのエプロンをつけたシルヴァが部屋に入ってきた。
心配そうな表情の後、なんだ、と明らかに呆れている。
「なんだか立てないんですけどぉ〜」
必死に訴えるが笑いながらシルヴァは手も貸してくれない。
「あれだけ魔力を消費したんだ、立てないのも無理は無い」
私は先日(何時間・何日寝ていたのか、まだ分からない)、クリン・コアで起きたことを断片的にだが思い出す。
魔力・・・そう、私は人間とエルフのハーフだったんだ。
いまのお父さんはお父さんじゃなくって・・・・・。
それを聞いて、シルヴァと私が契約で結ばれてないやら・・・。
その後、シルヴァが告白してきて・・・してきて?
「あ、あのさ。シルヴァ・・・・」
「なんだ?」
「私達、キスしたじゃん?それでまさか私・・・・」
口元を歪めながら不適に笑う、シルヴァ。
「安心しろ。人間がエルフの接吻で子供が出来るのは”血の契約”後らしい。俺達は契約を交わしていないから、当然、出来ない」
「そうなんだ・・・って、いい加減立たせてよ」
脹れて言うと笑いながら私に手を差し出してくれる。
手を取って私は抱き寄せられるように立ち上がった。
「菜々美」
シルヴァが私を呼んだ。
「何?」
「ん・・・・・」
上を向いた瞬間、シルヴァ私の唇が重なる。
”力”を欲したのではない、ただ純粋に愛を確かめるためのキスに思えた。
数秒、たったそれだけの時間だが私には永遠に感じられた。
唇が離れ、シルヴァは浮かない表情で私に言う。
「やっぱりエルフにキスは向かないな」
「じゃ、なんでしたのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・好きだから」
「・・・・・理由が子供だよ」
「うるさい」
クスクスと笑いながら私は名残惜しむように離れるシルヴァに顔を赤らめつつ・・・。
「今日の朝ごはん、何?」
「えっとな・・・・・・・見てからのお楽しみだ」
”今日は会心の出来だぞ”と言わんばかりの微笑みを見せ付けてくれる。
・・・今日が、始まる。
”血の契約”がなくとも私達は切れない絆で結ばれた、ちょっと無愛想で料理の上手な闇エルフ。
今度は私からしてみようかな?
闇エルフに口付けを・・・。